ご注意
この「耽美之城」(注1)絡みの作品は、時代背景としての史実は意識していませんので、時代背景的には、私の得意の「史実を絡める」作品にはなっていません。(注1):「耽美之城」というのは、パソコン通信「People」パーティ日本歴史館の11番会議室の名前です。
この耽美城は、空想のお城です。
会議室参加者はこの城に、自分の好きな歴史上の人物を、好みの耽美カップリングにして自由に住まわせ、彼らの生活ぶりを中継したり、小説に仕立てたりして遊んでいます。
つまりこの城は、時代を超えた耽美カップルの(歴史の中で死んでいった彼らが、あの世で暮らしている)集合住宅とでも言いましょうか。
これが耽美城です。
その会議室で過去私が書いた小説部分を、一部訂正してここに掲載します。(終)
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愛染寺(山崎編)
山崎烝 土方歳三
私の小説のイメージイラストです。
中庭で山崎に会った。
久しぶりに顔を見たような気がする、と歳三は思った。
そう何日も会わなかった訳ではないのに、影のように側にいてくれる彼が居ないとどこか落ち着かないのは事実だ。「今度、家が隣になりました。また何かとお役に立たせて下さい」
「ああ」顔を合わせなかったのはたった数日だけれど、肌を合わせるのは、随分無沙汰している。
「副長」
「うん?」
じっと見つめてくる山崎の顔を、歳三は見上げた。
「お元気でいらっしゃいましたか?」
真面目な顔で心配そうに言われると、歳三は戸惑ってしまう。
つい、怖い顔になった。
「…………」
「……お元気そうですね」
憮然としている歳三の表情を愛しそうに見つめて微笑む山崎を後目に、歳三は無言で歩き始めた。自室の片づけをしなければならぬ。
荷物は殆どないと言ってもいいほど少ないが、勇一人にはやらせておけない。数歩歩いて歳三は立ち止まった。背中にはまだ山崎の視線を感じている
「……明日、寺にでも、詣ろうかと思う」
背後にいる山崎に聞こえただろうかというほど小さな声で、歳三は振り向かず、つぶやくように言うと、また歩を進めた。
遠ざかる背中を見つめ、山崎は握った拳に力を込めた。翌日
勇は、新選組局長でありながらも、やはり天然理心流四代目宗家の立場をも忘れてはいないらしい。
本丸の地下に、空調設備が万全の新しい道場が出来たと聞いて、さっそく出掛けて行った。
歳三は、梅の間に居た。
昨日、何故山崎にあんなことを言ったのか、自分でもわからない。
『誘ったわけではない……』
『ただ、詣ると言っただけだ。それ以外の意味はない』
それでも、歳三は寺に行く決心がつかなかった。が、昼を回る頃になって、ようやく髪を束ね、黒の紋付きに仙台平の袴を着て、梅の間を出た。愛染寺は、ひっそりとしていた。
人の気配はまったくない。この様子では、山崎もいないだろう。
昨日言ったことは聞こえていなかったのだ。ましてや何時頃行く、と時間を告げたわけでもない。
午前中、妙な意識をして時間をつぶした自分が可笑しくなった。これなら変に拘っていないで、さっさと参詣を済ませ、勇と共に道場で汗をかいていればよかったのだ。そう心の中で苦笑しながら、歳三は本堂にあがった。本尊の愛染明王を仰ぎ見る。歳三は手を合わせるようなことはしない。心を無にし、じっと仏像を見つめることが彼流の詣り方なのだ。
ひっそりとした時間が過ぎる。
『こんな時間も悪くはない』
心が軽くなったような気がして、やがて歳三は本堂を出た。
回廊をめぐって階に降りようとしたとき、自分の履いてきた草履の側に一人の男が蹲っているのを見た。
「……山崎」
「この寺には、もう一体、まつられている像があるのですよ。ご存知ですか?」
「いや」
「ご案内します」
先に立って歩く山崎の後ろを、歳三は無の状態のままついて行く。本堂に続く奥まった建物の、更に奥の部屋にそれはまつられていた。
「歓喜天です」
「……」
その美しさに、神々しさに、歳三はしばし目を奪われた。
「少し、副長に似ていらっしゃる」
「俺に?俺はこんなに美しくはない」
「いいえ、貴方は、どんな神仏より美しいと私は思います」
山崎は背後からそっと歳三を抱きしめると、襟元から手を滑り込ませた。
「よせ、こんな所で」
「神仏の前だからこそ、貴方に愛を誓いたい。愛しています。永遠に……」
唇が、項から首筋へ、顎へと滑り、唇に重なってくる。前に回された山崎の手が、襟元と裾から入り込み、長い指が歳三の身体を優しく探っている。酔ったように力が入らなくて、歳三は山崎に身体を預けた。床に仰向けに寝かされ、着ているものを総て剥ぎ取られて、同じ姿の山崎が身体を重ねてきた時、歳三ははっと我に返った。
「だ……めだ山崎……人が来たら……」
「大丈夫ですから」
言いながら山崎は唇を白い肌に這わせてゆく。
歳三は、身体の甘い疼きを必死に怺えた。時折唇から洩れる嬌声は、自分でもはっとするほど艶かしい。
『俺は……罪深い……』
潤んで霞んだ瞳を開くと、歓喜天が歳三を見おろしていた。自分の業をおぞましいと思いながらも、こうして身体を開いている自分を、歳三は嫌悪している。
『だが俺には、勇さんも山崎も、共に必要なのだ……』
勇と山崎は、(それぞれの意味あいは多少違うとはいえ)歳三を支えてくれる両輪なのかもしれない。どちらが欠けても、自分は何もできない。
二人に支えられて、今の俺がある……。
しかし彼の思考は、陶酔の渦に巻き込まれて間もなく途切れてしまった。山崎の愛し方は、繊細だった。
タフで、執拗で、息もつかせぬ程激しい勇の愛撫とは違って、綿密で繊細な愛し方をしてくる。けれど結構、勇とは違った意味で激しいのだ。
山崎の口唇によって悦びを解き放たれ、その後彼を身体の奥深くに迎え入れて、二度目の歓喜の瞬間を迎えたとき、歳三の頭の中は、完全に空白の状態になっていた。身なりを整えた歳三と山崎が寺を出た時は、もう夕暮れに近かった。
こうして歩き始めてみると、なんだか腰が抜けたように軽くて、歳三が思わず背後を歩く山崎を睨み付けようとしたときだった。
「これはご両人お揃いで」伊東甲子太郎。新選組の参謀である。職位から言えば、局長の勇につぐ次席。
歳三の副長職はその下だ。もっともこの人事は、歳三が決めたものではあるのだが。
「座談会以来ですな。土方副長」
にこやかに話しかけてくる此の男が、歳三は嫌いだ。それと、情事直後の顔を見られるのがいやなせいもある。
無視して歩き始めた。
「山崎君」
無視されたことを、まったく気にする様子もなく、伊東は歳三の背後に従っている山崎に声をかけた。
「はい」
「貴方は優秀な監察だ。副長ばかりに張り付いていないで、一度私の仕事も手伝っては頂けないだろうか」
歳三の歩みが止まった。背後で山崎が答えている。
「伊東先生。貴方には篠原さんや、服部さん、新井さん等という精鋭がついていらっしゃるではありませんか」
「だが、君ほど優秀じゃない。ここだけの話ですがね」
「お買いかぶりをなさっては困りますな」
伊東は、ちら、と黙って立っている歳三の後ろ姿を見て、また視線を山崎に戻してこう言った。
「君は、副長専属の監察ではなかろう?新選組の監察だ。参謀の私の頼みを、たまには聞いてくれても良さそうなものだが」
「…………」
「美しい副長殿に心惹かれるのはわかりますがね。仕事は仕事だ。参謀として君に頼みたい。私の仕事を助けて欲しい。どうです」
仕事として参謀に頼まれれば、山崎とて従わざるを得ない。
わかりました、と口を開こうとした瞬間だった。歳三がゆっくり振り向いたのは。「黙ってりゃ、勝手なこと言いやがって……」
歳三は伊東を睨み付けて、そう呟いた。伊東は聞こえたのか聞こえていないのか、涼しい顔で歳三を見つめている。
その態度が、歳三を余計苛立たせたらしい。
「いいか、覚えておけ!山崎は俺のものだ。あんたにはやらんっ!!」
一瞬驚いたような顔を山崎はしたが、副長にそう言ってもらえたことの嬉しさと畏れ多さに感激し、表情を歪ませたのに対し、伊東はといえば怒鳴りだした歳三を見て、面白そうにくすりと笑った。
「なにも、取り上げようとは思っていませんよ。手伝って欲しいと・・・・」
「何人も監察をかかえとるくせに何を言うか。俺の所は山崎だけなんだ。そっちを手伝わせる暇などない!」
「では貴方の方でも、何人か監察をおけばいいでしょう?」
「屑を束でかかえるより、優秀なのが一人居ればいい」
伊東は小さく肩をすくめた。歳三の機嫌はあまりよくないらしい。
男に抱かれた後の歳三は自己嫌悪の固まりであることを、伊東は知らない。
しかも、その相手が勇や山崎のように、好いた男であればあるほど、歳三の自己嫌悪は深い。それはそれだけ、自分が自ら求めるように愛撫に応え、激しく乱れた、ということに繋がるのだから。「行くぞ。山崎」
歳三は、くるりと踵を返すと歩き始めた。
山崎は伊東に軽く頭を下げると、歳三の後に従った。
「おい」
暫く歩くと、歳三は急に歩みを止め、振り向いた。今の伊東とのやり取りの歳三の言葉を心に刻むように反芻していた山崎は、急に止まった歳三にぶつかりそうになった。
「何をぼーっとしてる。お前らしくもない」
「す……みません」
目の前に秀麗な顔がある。山鳩色の瞳に紅い唇。白い肌。つい今しがたまで、この唇を、この肌を味わっていたのに、髪を束ね、紋付きを着て正装している歳三は、先程まで欷いて狂おしく乱れていた人間と同じ人とは思えない。
けれど、その表情はまだ甘い余韻を残していて、艶かしい。
紅い唇が動いた。
「今度伊東がスカウトしてきたら、ぶん殴ってやれ。いいな」
「はい」
その言いように、山崎は心の中で微笑んだ。
この人のためなら命はいらないと改めて思う。最愛の人が、伊東に楯突いてまで自分を認めてくれていることに、山崎は身の内が震えるような喜びを感じていた。
「だが、棒術は滅多なことで使うなよ」
歳三は優しげな表情になって言った。
「あれは監察という危険な任務をこなしているお前の身を守る最後の手段なんだ。鷹の爪さ。やたらに人に見せてはだめだぞ」
「はい」
「お前にあれほどの技があるとは、伊東の奴も気づいていないだろう」
歳三はくっくっと笑った。
「そんな大層なものではありません」
山崎は恐縮して下を向いた。
「気づいたら、一層お前を欲しがるだろうなぁ。あの野郎!」
また歳三はむっとして歩き始めた。
「副長」
「ん?」
隣に並んで自分を呼んだ山崎の顔を、歳三は顔を上げて見た。
「ありがとうございました」
瞳をじっと見て言うと、歳三は慌てて正面に顔を向けてしまった。改めて山崎の顔を見て、急に先程までの痴態を思い出してしまったのだ。
「お前も災難だな、山崎。俺なんかに見込まれてさ。伊東の方が人使いも荒くはないかも知れないな」
声のトーンが急に落ちて、歳三は寂しそうに言った。そんな歳三が愛しくて、思わず抱きしめたくなるのを山崎はぐっと堪えた。
「ご迷惑でなければ、ずっと副長のお側で仕事をさせてください。何でも言ってください」
「お前がそんなこと言うから、俺も調子に乗ってしまう」
歳三はくすりと笑うと、眩しそうに山崎を見上げた。(終)(1995/06/30 作品)
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続・愛染寺(勇編)
近藤勇 土方歳三
私の小説のイメージイラストです。
「歳、愛染寺に行かないか」
山崎と甘く激しい時を分かち合ったあの日から数日後、ふいに勇がそう言った。
「ああ、いいよ」
「本尊も拝みたいが、……俺も歓喜天とやらが見てみたい」
気負いのない真面目な顔で勇は歳三を見た。
「…………」
山崎とのことは気付いているのだろうか。気付いていて、黙認するとはとても思えないのだけれど、何かあるのだろうか……。
「行こう、歳」
「今からか?」
「ああ」愛染寺はこの日もひっそりとしていた。
本堂で愛染明王を仰ぎ見る。
歳三と同じように普段手を合わせることのない勇が、珍しく胸の辺りで片手を立て、小声で何かをつぶやいた。「さっきは何を言っていたんだ?」
何か話題が欲しくて、本堂から奥へ続く回廊を歩きながら歳三が聞いた。
出来ればあまり、歓喜天のところには行きたくない。
山崎と愛し合った場所に勇と行くのは、さすがに気が引ける。
「子供が欲しい、と願ったんだ」
勇が笑いながら言った。
「ああ、そうだな。今度はツネさんに男の子を産んでもらえ」
「ツネとの子じゃない。俺とお前の子だ」
「はぁ?」
歳三は間の抜けた声を上げた。
「俺の子をお前に産んで欲しいのさ」
「馬鹿言え!俺は男だ!」
「わかっているよ」
勇はいかにも楽しそうに笑った。「ここだ」
歓喜天────。
「……俺はお前に似てるとは思わぬ」
「……」
やはり山崎と何かを話している。歳三はそう思った。が、問いただすことなど出来るわけがない。
「お前は、お前だ。あの世にも、この世にもお前は一人だけ。俺だけのものだ」
勇に抱きすくめられて歳三は戸惑いを隠せない。長い前戯のあとに勇が押し入ってきたとき、吐息と共にきつく閉じていた目を開けると、この前と同じ顔で歓喜天が見下ろしていた。
身体を揺らされ、数日前とは違う男にしがみついて嬌声を上げている、自分の姿を、あの仏像はどういう思いで見ているのだろう……。
『天罰なら、俺一人が請け負うからな……』
もともと信心深い方ではない。
歳三は再び目を閉じて、愛する男の激しい愛撫に応えていった。愛染寺を出る頃、陽はもう傾き始めていた。
勇が身体の頼りない歳三を労るようにしながら歩き、左近の廊下に差し掛かった時だった。歳三がふいに、口元を押さえたのは。
「おい、歳、どうした?」
「いや……なんでもない……」その位置からは仁和寺(青山の間)が見えた。
あそこには法親王と経正がいる。
以前、二人に挑まれて悦びの声をあげてしまった自分をふいに思い出した。
たった今まで勇に抱かれていて、その名残をのこしている身体が、過去の事と重なって、急に疼き出してしまったのだ。
そんな自分におぞましさを感じ、歳三は思わず口に手を当てた。「……出来たのか?」
覗き込んでくる勇の顔があまりにも真面目だったので、歳三は何のことだかはじめは判らなかった(笑)
「何が」
少し落ち着いた歳三が、勇を見上げる。
「俺達の子だ」
「馬鹿」
笑いもせず、歳三は歩き始める。『出来たとしたら、勇さんの子か山崎の子か、わからねえ』
と余裕で冗談を頭の中で思い描く歳三であった(笑)(終)(1995/07/03 作品)